世界樹の界隈は夏草であふれている。
見たことのない花だけれど、知っている気がする。
たぶん図鑑で見たことがあるんだと思う。
あるいは誰かがSNSにあげた写真とかに、似ている花があった気がする。
知らず知らずのうちに、世界樹を見に行くのが当たり前になっていった。
「ここは静かだね」
と彼女は言った、しばらく空を見あげてから、
「心地いい音楽が聴こえてくるけれど、とても静か」と。
いつもなら仲間が集まって来る頃だろうが、
その日は、他に人が来なかった。
どれくらいの時間が経過したのか。
「行かなくても大丈夫?」と彼女が訊く、
「本当は九会やりたいんじゃないの?」と。
「今は話しているだけでも楽しいよ」と答えた。
正直な感想だ。
彼女は、操作性に難点があるらしく、
できることなら遊ばずに済ませたいとさえ考えているようだった。
「ゲームの楽しみ方としては邪道よね」と彼女は言う、
「でもチャットだけでも楽しくて。こればかりはゲームの中でじゃないと味わえないし」
それは分かる気がした。
ゲームをログアウトしてしまうと、
向こうでは、
ただのチャットになってしまう。
いつか思い出す日が、来るだろうか。
そんなことを漠然と考えたことが、あったかもしれない。
いま思い出している。彼女とゲームの中で会うことは、ない。
サービスが終了してしまったからだ。
こちらでは、
ただのチャットをしているけれど、
本当に、なんだか、ただのチャットで、
ときどき何を話していいのか分からなくなってしまうのだけれど、
そんなときは音楽だけゲームのときと同じにしている。
世界樹は見えなくなってしまったけれど、
音楽の旋律が世界樹が現在も成長しているような錯覚に慣れる。
いつか、また。
そんなふうに、今でも思ってしまう。