「このまえ秀臣さんと奈津子さんに会ったよ」
彼女が言った。
「来たんだ」
「うん。すごい久しぶりよね。友録してるからログイン点灯したとき驚いたわ」
「どれくらいだろう、あのとき以来じゃないかな」
ハンスのサークルが解散したときのことを思い出した。
秀臣と奈津子はサークルメンバーだった。
「会って話はしたんだけど、ゲームはしなかった」
「忙しいのかな」
「それもあると思うけど、気分になれないって言ってた」
「ああ」そっか、と私は思った「そうなんだ」
「時間は経ったけど、ね」
ハンスのサークル「碧空の彼方」は、結成から二週間でサークルレベルがあがる勢いで成長し、賑わっていた。誰の目にもわかるくらいの賑わいで、羨望の眼差しで見られているサークルのひとつだった。
けれどもハンスを慕って入ったはずのメンバーひとりが、あるトラブルを起こしてしまう。
結果的にサークルは解散となるが、解散に反対していたのが秀臣と奈津子だった。
『どうして!? 問題起こしたメンバーを追放すればいいだけのことじゃない』
奈津子はハンスに訴えていた。ハンスは、
『それはできないよ。追放? そんなたいされた人間じゃないんでね。』
『意味わかんない。なんで問題起こしたひとりのために全員が被害に合わなきゃいけないの?』
『みんな仲間じゃないか。仲間を追放する? なにさまのつもりだってことです』
『私は反対。ここまで積み重ねてきたのよ?』
『ゲームだけれど人間なんだ、みんな、ひとりひとり。それは尊重しないと』
『だからってストーカーを許すと?私たちにも許せと?それこそ、なにさまよ』
『じゃあ訊くけど、奈津子さんが代表なら、あの子を追放する?』
『愚問ね当然よ、あの子だけを追放します』
『ぼくたちは価値観が違うみたいだね』
『どういう意味ですか』
『それならこうしようか。奈津子さんが代表になる。ぼくはメンバー一兵卒だ』
『なにを言ってるの?』
ハンスは水曜日の定例会で「会長を譲ります」と宣言して、奈津子さんに会長を引き継がせることにした。けれども他のメンバーから「それは反対」「ハンスさんだけだよ会長は」という意見が出てしまって、結果的に、
「なんで解散したんだろうね」と秀臣は言っていた。
「知らないわよ」と奈津子が答えていた。
私はマキから連絡を受けてログインして、碧空の彼方が定例会で使用している旧校舎に向かった。秀臣と奈津子とマキが教室で話していた。
「なにかあった?」と私が訊くとマキが「解散しちゃったってさ」と答えた。
え?
「そう。そうなの。つい、さっき。ね」と奈津子が言った。
「でもわからないんだ理由が」と秀臣が言う。
マキが説明する、
「ストーカーの件が尾をひいて、こうなっちゃったみたい。
覚えてる? ルーシーのこと。ハンスをリアルに追いかけて部屋まで行っちゃった子。
ルーシーを追放するかどうかで意見が分かれて。ハンスは自分の責任だからって。
追放はできないの一点張りで解散するって言い始めたんだけど」
「私が反対したの」と奈津子が話に入ってきた、
「私がね。反対って。ハンスさんと話し合って、じゃあ会長を君がやれよって言われて」
「それも寝耳に水。知らないことだらけだよ」と秀臣が言う。
「うん。ごめん、そうよね。そうだったの。でもわかって欲しい、時間ぎりぎりだったから。
なにもかも定例会でハンスさんが話す段取りだったけど、ハンスさんが会長を辞めるって、
それを切りだしたら反対だった意見が出て、反対が増えて、つまり」
つまり。
「そこまででいいわよ奈津子。あとは私が話すから」とマキが言う。
「うん。お願い」
「本人の目の前で申し訳ないけれど、要するに。
奈津子が会長を引き継ぐことがメンバーから反対されたの。
ハンスは多数決をした。反対が多かった。で、そのまま会長の判断という形で」
「ハンスさんが解散した、と?」秀臣が訊く。
「ええ。そうね」マキが答える。
「うん」奈津子が言う「ヒデちゃんごめん。私じゃダメだった」
「そんなことないよ、なっちゃんはダメじゃないよ。
だいたいハンスさんも他のみんなも、ひどいよ。
ぼく、その場に居なかったんだよ?
ちゃんとハンスさんにも事前に連絡して、今日は遅れるからって。
わかった、って返事も来てた。それなのに」
「秀臣がログインしたときは、多数決も終わって解散するぞって」奈津子が言う。
「まさにその瞬間だったね。ログで、ぎりぎり状況は把握できたけど。
こんばんは、って言ったのに誰も返事しなくてさ。あれ変だな、と思ったまさにその瞬間」
『碧空の彼方は解散しました』と画面に表示されたらしい。
ログインしたばかりの秀臣は、まだ世界樹の橋にいて旧校舎の教室に到着していなかった。
解散しました、と表示されて同時にサークルメンバーチャットが停止してしまう。旧校舎の教室に着くと、奈津子とマキしかいなかった。そういうことらしい。
「今でも覚えてる。はっきり思い出せる」と私は言った。
「そうね私もよ」とマキも言う。彼女は「あれから旧校舎に行きたくなくなってしまったわ」と続けた。
「秀臣と奈津子とは、どこで会ったの?」
「海岸のコテージよ。サークルで唯一あそこだけは行かなかった場所みたい」
「そっか。なにか言ってた?」
「言ってたけれど何も言ってないのと同じ。楽しかった思い出。それだけ」
「サークルのことは?」
「言ってたけれど何も言ってないのも同じこと。むしろサークル結成前の思い出とか、私たちとのことよ」
私とマキは、すでにサークルに入っていたから「碧空の彼方」には参加しなかった。参加しなかったけれど、よく一緒に遊ぶ仲間内と言うことで結成式に立ち会ったり、定例会におじゃましたりしたことがある。
「最後に、思い出のない場所を見ておきたかった、って言ってたわ」
海岸のコテージのことだろうか。
「ふたりとも実装前に来なくなっちゃったから逆世界樹も空中庭園も知らないのよ」
「それで一緒に行ったんだ?」
「そ。行くだけ行った。で、途中で抜けた」
「会いたかったな」と私が言うと、
「会いたいなって、ふたりも言ってたわ。タイミングよね。
ふたりだけで話したいこともあったようだから、私は途中で抜けたけどね」
「また来るといいね」
「うん」
来ないだろうな、という返事に私には見えてしまった。